授業の「ゴールイメージ」を具体化するプロセスを通して、『論理エンジン』をなぜ自分は教材として使おうと考えたのかということが、改めて認識できたことと思います。
 そこで、次に行うことは、もう一度教材を見直すことになります。

(3)『論理エンジン』に対する教材観を再確認する

 『論理エンジン』のセミナーでは、私は先生方に必ず「指導する前に、少なくともひと通り、問題は解いておきましょう」ということを申し上げます。
 これは実に当り前のことなのですが、意外にも実践されていない先生が散見されます。教科書教材を指導する際にも、入試問題を教材とした授業を行う際にも、あらかじめ教材文を読み、問題を解くのは当たり前だと思うのですが、『論理エンジン』となると、それが実践されないのです。
 その原因は簡単です。指導する側が「その場で何とかなる(程度の問題である)」と考えているからです。この意識は学習する生徒も同様にもっていて、実はこれが『論理エンジン』を学習するうえでの最大の障害になります。

 高校生が、あるいは中学生が、小学校3・4年生レベルの文章を使った、ごく基本的な問題から取り組み始めるわけですから、確かに「設問に答えるだけ」であれば、その場で対応できます。(逆に、その場で対応できなければ、それはかなり深刻な学力状況であるといえます。) 生徒でさえそうなのですから、国語科の教師にとっては学習課題ともいえないレベルの問題が並んでいるわけです。

 『論理エンジン』を使った授業を行っていても、思うように効果があげられない先生は、おそらく『論理エンジン』の教材意図を正しく把握していないのだろうと、私は思います。
 『論理エンジン』が求める学力とは、ひと言でいえば「他人の話の筋道を客観的にそして端的にとらえる力」です。そのための練習教材として、まずはテーマ理解から入らなければならないような文章を用いていると、学習のめあてそのものが埋没したり、ぶれたりしてしまいます。それを避け、論理に集中して学習をするために、このような平易な文章が用いられているわけです。言い換えれば、内容理解に手間取ることなく、論理的読解に集中するための最大の工夫こそが、この平易な課題文であるといえます。

 たしかに「設問に答えるだけ」であれば、教師はその場で対応できます。しかし、その対応とは「その問題についての答えがあっているか、間違っているかの判断をする」程度ではないでしょうか。高校生に小学生用の問題集を与えて、その答えの正誤を伝えるだけだとしたら、生徒の学力が身につかないのは当たり前ですし、おそらくそれは授業ではないです。
 重要なのは、一つ一つの問題(『論理エンジン』ステップ)が何を意図してレイアウトされているのか、それを教師がしっかりと把握することです。

 このような話になると、「マニュアル(いわゆる教師用指導書)はないのですか」とお尋ねになる先生が、残念ながら出てきます。(検定教科書に指導書が出ていることが悪の根源だと私は考えています。)
 マニュアルを全否定するつもりはありませんが、マニュアルはあくまでも「一例」を示したものにすぎません。私たち教師は工業製品を作っているわけではないので、「例に従って」授業を行うことにほとんど意味はありません。(2)で授業の「ゴールイメージ」を明確にしていただきましたが、その「ゴールイメージ」は学校によって多彩であるはずです。だとすれば、その達成を意図した授業をマニュアル化できるはずはありません。

 余談になりますが、私が書いた『思考ルート』という教材があります。この教材は「教科書指導と論理エンジン指導との橋渡し」というコンセプトで作ったものですが、これも「たった一つの指導例」を示した教材にすぎません。それをどう使うかは、すべて各先生方の判断に任されているのです。

 話を戻します。今回のテーマ「『論理エンジン』の教材観を再確認する」とは、教材に生徒を合わせるのではなく、生徒に教材を合わせていくための、とても重要な段階です。最後にその流れを整理します。

① すべての問題を解く。

 さしあたりOS1~OS3までで良いと思います。これは概ね1年分の指導分量です。
 問題を解くだけですから各OSあたり60分~90分あれば一冊解き終わります。多忙の中で取り組んだとしても3~4日間で計画すれば無理なく達成できます。

② 各問題の意図を確認し、問題を取捨選択する。

 指導する生徒をイメージしながら、自分の授業で「使える問題」と「使えない(使いにくい)問題」とを区別していきます。
 この作業には付箋を用いるのがおすすめです。

 ここは時間がかかります。逆に言えば一番時間をかけたい部分でもあります。一見すると同じような問題に見えても、出題意図が違う問題もたくさんあります。
 また『論理エンジン』はスパイラル構造を持っているので、同じ意図でも思考のレベルが異なる問題もあります。
 これらをしっかりと見切って、より生徒にあった問題を選択していきましょう。担当する先生が複数いる場合には、まず各自が選択し、それを持ち寄って検討することができれば最高です。

 『論理エンジン』はたった一つの教材です。つまり汎用性のある教材です。すべての問題が、先生の目の前の生徒に適しているなどと考えないほうが良いです。自分が立てた「ゴールイメージ」に照らして、しっかりと目の前の生徒をイメージして、授業で扱う教材を選んでください。
 どうしても取捨選択できない場合には、『論理エンジン』のすべてのステップを扱うのも一つの選択です。ただしその場合には指導に時間が必要になるのは言うまでもありません。また、その場合であっても各問題の意図はしっかり認識したうえで指導するようにしてください。

③ 選択した問題(ステップ)について、発問を準備する。

 これは、すべての問題についてあらかじめ行わなくてもよいと思います。考査単位程度のスパンでの教材研究において、それまでの指導経緯などを勘案しながら作ると良いと思います。
 『論理エンジン』は教材に余白がたくさんありますから、そこを利用するのが便利です。できれば「生徒の反応の予想」も立てると次への展開が面白くなります。

④ 「学びあい」の場面が設定できる教材を選んでおく。

 これは各学校の指導方針にかかわる部分なのでオプションです。本校のように授業の多くに「学びあい」を取り入れている学校の場合には、『論理エンジン』は格好の教材ですので、私はほぼ毎時間「学びあい」の場面を設定しています。
 そもそも「論理」とは、他者とのコミュニケーションの場において、その確からしさを担保するために必要なツールです。したがって「学びあい」そのものが実践的訓練の場となります。


 以上の作業で、教材についての確認と指導の流れがイメージできたと思います。
 教材観といっても、大学で文学作品を研究するようなものではありません。教師に必要なのは「生徒を伸ばすために、この教材をどう使うか」ということだけです。常に目の前の生徒をイメージし、ゴールをイメージし、授業を組み立てていきましょう。

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 次回は取捨選択した教材のレイアウト、つまり「年間授業計画」について一緒に考えたいと思います。