午前中の強い雨も午後には上がり、傘を差すこともなく会場入りができました。

今日の会場は杉並区阿佐ヶ谷です。
私が到着したときにはすでに多くの先生方が到着されていました。
北は秋田から、西は名古屋まで、いろいろな学校からお越しいただいています。
水王舎の方によると、当初は先着50名で企画していた本日の研修会でしたが、申し込みが多数となり、急きょ倍の座席を確保したとのことでした。確かに約100席ほどある会場でしたがほぼ満席の状態でした。

本日のプログラムは、1時間目に大阪から来られた北村先生の授業。2時間目に私が授業を行わせていただき、その後、質疑応答という内容です。

1時間目の北村先生の授業は評論文を教材にされ、論理エンジンのスキルを的確に駆使して、構造的に読み解いていくという内容です。
テンポの良い関西弁で進められる授業は、非常に情熱的で、生徒のみなさんも引き込まれるようにして聞いています。構造的読解をするうえでのポイントとなるところの押さえ込みも的確で、実に明快な授業でした。

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北村先生の実践は論理エンジンのHP内「論理の匠」で紹介されていますので、ぜひそちらもお読みください。


2時間目の私の授業は「小説文の読解」をテーマに行いました。

授業の前半では「鑑賞と読解」を軸に、「なぜ学校で『小説の読み方』を習うのか」という点について話をさせていただきました。

難解な論説文ならいざ知らず、中学や高校の教科書に出てくるような小説は、わざわざ先生から教わらなくても、私たちは読み、楽しむことができます。にもかかわらず、なんで学校で小説の読み方を習うのか?

素朴な疑問だと思いますが、意外と生徒さんたちは答えられないようです。そのことに疑問すら感じていなかったという生徒さんもいたようです。

なぜ学習するのか、その目的もわからないままに学習している…。良く考えてみれば、これはとても恐ろしいことです。そしてそのような「意図なき学習」は、私が感じている恐ろしさよりも、実はもっと表面的な部分でさえマイナスの影響を及ぼしてしまいます。学習の徒労感です。

現代文の学習自体が「意図なき学習」に陥りやすいわけですが、とりわけ文学的教材の学習においてはその傾向が顕著になります。
今回の授業に参加をしてくれた生徒さん達は、私の授業を受けるのはもちろん初めてです。さらに小説学習の意図も明確ではありません。ですから「学習意図」を持ってもらうこと、そこが今日の授業のスタートラインとなります。

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後半は『羅生門』を使いながら「小説読解の『思考ルート』」を体験してもらいました。
限られた時間でしたので十分習熟してもらうことはできませんでしたが、「小説は確かに読解できる」ことは体験してもらえたと思っています。

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今回の研修会では模擬授業という形で私の授業を見ていただくという体裁でしたが、私自身も多くの先生方と意見交換をさせていただくことができて、とても勉強になりました。
研修会にご参加いただきました生徒のみなさん、そして先生方、本当にありがとうございました。