今回は「学びあい」がもつ、もう一つの意義、
「ソーシャル・スキルの育成」です。

中学生・高校生が一日の活動時間のうちの大半を過ごす学校は、塾や予備校とは異なり、教科学習だけを行う場ではありません。
学校生活は授業を中心とした「正課活動」と、部活動や委員会活動などの「課外活動」あるいは「行事」などから成り立っています。

たとえば部活動。運動部にしても文化部にしても、基本的な技術やルールなどは顧問やコーチ、あるいは先輩などから教えてもらいます。そのあとは一人一人の生徒が練習をし、自分に磨きをかけていきます。その過程で重要なのが同級生や先輩たちとのコミュニケーションです。アドバイスをもらったり、お互いに不十分なところを指摘しあったり、優れたところを盗んだりといった「生徒同士のつながり」を通じて、急速に力を伸ばしていきます。

このような課外活動でのコミュニケーション体験は生徒の「ソーシャル・スキル」を育成します。部活動や委員会活動などの場において「学びあう」ことを通じて生徒たちは「ソーシャル・スキル」を高めているわけです。文化祭や体育祭の運営においてもさまざまな苦労を通して「ソーシャル・スキル」を高めていくわけですね。

この「学びあい」が持つ「ソーシャル・スキル育成力」を課外活動の場だけで生かしているのは非常にもったいないことです。学校生活の大部分を占める授業においても「学びあい」を積極的に取り入れることで、生徒はどんどん伸びていきます。
授業での「学びあい」において、

・人の話に真剣に耳を傾ける

・自分の考えや気持ちを、わかってもらえるように工夫しながら伝えていく

・いろいろな人の考えを聞いたうえで、みんなで相談する

・より良いものを協力して創りあげていく

といった体験を積み、単なる学力に偏ることのない、バランスのとれた人間力を生徒たちは身につけていくことができるのです。


大学が、社会に貢献するための「専門性」を身につける場であるとすれば、高校はその「基礎力」を磨く場です。この「基礎力」には「学力」だけでなく「ソーシャル・スキル」つまり「社会性」も含まれます。

私は個人的には「社会性は高校生までに確立すべき」と考えています。なぜなら今の大学には社会性を育むだけの教育力はないと強く感じているからです。
大卒学生の就職難が社会構造の面からだけクローズアップされますが、原因はそれだけではないと感じています。就職を意識するときになっていろいろ準備を始めても「お里が知れる」状態なのではないかと思うのです。

だからこそ高校は「最後の砦」として次の世代の「ソーシャル・スキル」を育成する責任があると考えているわけです。
社会に出てから「人手」となることなく、求められる「人材」となるために、高度な「専門性」と豊かな「ソーシャル・スキル」それぞれの基礎を、生徒たちにはきちっと伝えていきたいと思っています。